日常のなかの不自然、を
取りのぞいていく1年、2017年でした。
そして
2018年1月2日スーパームーン
満月の輝くもとで
中の人は地球にやってきました。
吉村医院で出産する、というと
『自然分娩のところだよね。憧れるよね』
と
よく耳にしたので。
わたしにとっての自然分娩、を
忘れないうちに
書き記しておこうかと思います。
1月2日の朝。
『おや?』
子宮にジワリと痛みを感じる。
いやいや、また落ち着くかも。
そう思いながら
万が一、のことを考えて
名古屋市から岡崎市へむかう。
高速道路の岡崎インターをおりたあたりで
ジワリとした痛みが
気のせいでなくなり
吉村医院に電話を。
しかし、病院に到着したとたん
痛みがひく。
年末に滞在していた部屋にはいり、
ちょっと一息つこうか。
まだ先かもね、でも軽く着替えようか。
と落ち着いた瞬間から
痛みが本格的に。
わたしの呻き声を
瞬時に聞きつけてくたさったのか
助産師の皆さんが
車椅子とともに一同に部屋へ集まる。
すぐにお産部屋へ移動。
ついさっきまで
「まだ時間掛かるかな」
という雰囲気だったのが一転、
手際のいいことこの上なく。
そこからあれよあれよ、と
1時間半で
中の人はやってきました。
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∞わたしが産み出すチカラ
∞中の人が生まれ出ずるチカラ
∞そばに添う人の信じるチカラ
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吉村医院
医療的措置がないわけではない。
初診時のエコーから
じっくりとスクリーニングもしてくださっている。
遺伝的な課題の疑いがあれば
そのように伝えてくださるし
肉体の機能的なことに関しても
診察してくださっている。
お産当日の医療的措置も
必要とあらば
準備してくださっていて。
しかし、その前にできる
そこに居る人達の経験とウデ
そして、
なによりも
『母が産み出し
子が生まれる力、いのちを信じている』
というマインドがあるということ。
お産は
母子の
中の人とのたいわ、問いかけ。
『どうしたい?』
『今、痛いよね』
『やすもうか』
家族の立会いも
見守い寄り添ってくださる助産師さん、
先生。
お産は
『どれだけ我儘ワガママ在るがまま、に
なれるか』
『どれだけ野性と本能を取り戻せるか』
『自分がどうしたいか伝えるチカラ』
自ら湧き上がる意志が必要で。
助産師さん、お医者さんが
『上手いこと産ませてくれる』
という他力本願でないこと。
『ああしたい』
『こうしたい』
『これはいや』
お産の最中の
瞬間瞬間でその都度
自らのための《快、不快》の
感覚、感情が
明確になっていること。
言いたいことが言えるようになっている。
医療的措置を
する、とか、しない、とか。
それよりも
『自分のなかで其れが自然か』
ではないかな、と。
産むまでにしてきた事を
納得できるか、受け入れられるかどうか。
医療的措置があっても
産んでよかった、と思えたら
それでいいと思うのです。
本当に其れがしたいのか?
本当に其れは必要なのか?
∞今日のしつもん∞
《あなたにとって
自然とはなんですか?》