しあわせって『志があわさること』なのかもしれない。

photo by  Danny moritart

【お産ふりかえり】

吉村医院、ほんとにいいお産させてもらった。

産むまでの自分の努力っていうより、そこにいる人たちが『あなたは産める、赤ちゃんは産まれるチカラがある』と無条件で信じてくれている、ただそれだけの安心感が最高だったんだ。

無言の応援。

きかれたら助言はするが、口出しもない。

(対わたし、の場合、かもしれない)

マニュアルというより

空間全体が一つの集合意識。

『安全に産んでもらう』

そこにベストを尽くす。

『しあわせなお産』

しあわせは

わたし一人の努力でなく

想い、志が寄り添う中で

紡がれていくものなのでしょう。

思い描いていたお産とは 当然違ったけれど

それが自然なんだね。

自然はだれにも予測できないから。

そして、起こることすべてが

完璧で最善で。

たとえば

何度産んだとしても

すべてが違って

すべてが正解なんだろう。

どこで産んでも

どんなふうに産んでも。

しあわせ、を感じられたら

それが

しあわせなお産。

お産は登山。

出産が山頂到達だとしたら

下山もご無事に。

登頂目前で天候が急に悪化するとしたら

それもまた自然。

緊急に下山する、今の文明の恩恵とともに。

近くの大きな病院が大きく包み

見守ってくださっているからこそ

吉村医院らしいお産ができる。

現代にある、すべての環境に感謝を。

生きている、生かされている。

わたしがお産にこだわったのは

幼少期にきかされていた

母のお産の話が、心に引っかかっていたんだ。

わたしは

出産すること

子を育てることで

ひとつひとつ

幼少期の想い出をとりだしながら

美しく彩りを重ねている。

第二子出産記録は

これにてお仕舞いとさせていただきます。

これから授かるひと

これから産むひと

産んだひと。

-お産に載る想いは、なんてすか?-

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